喪失感
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喪失感。大切なものを失ったときの空虚な気持ち。と辞書にはあります。
大切なものは、人、もの、街、ペットなど、さまざまです。そのものを失ったことと同時に、それらにまつわる日常を失った時に感じるのではないかと思います。
朝目覚めれば、当たり前におはようと言いあっていた人。
毎日、目に、手に触れていたもの。
そこにあるのが、そこにいるのが、あまりにも当たり前だったからこそ、人は喪失感を抱えるのではないでしょうか。
そこには、何年経ったかは関係なくて、
早く忘れなきゃ。
いつまでも泣いているなんて。
と、思わなくて良いのです。
抱えている感情が消えないのは、それだけ自分の中で大切にしていた、そして今も大切な証なのですから。
喪失感は乗り越えるものなのではなく、受け入れてゆくものなのではないかと思います。
月日が経ち、悲しむ頻度が少しずつ減って、それまでとは違う日常をおくる様になって、人によっては罪悪感を感じることもあるかもしれません。
でも、それは、忘れたり、乗り越えたり、別の道を進むということではなく、
その悲しみを抱え、共に生きてゆく、共に進んでいく ということなのだと思います。
70代の女性の言葉です。
「何年経っても、おかあちゃんが恋しくて。私はなんて思い切りの悪い人間なのかと思うの。でも、そういうものなんだと思う」
おかあちゃんが亡くなられてすぐの時は、恋しいと思っていると言葉にならなかったと思います。
泣いて、悲しんで、呆けて、、、少しずつ 少しずつ たどり着いたところが、この方は 恋しい だったのです。そして、何年経っても恋しいと思っている自分を “そういうものなんだ”と、ちょっとずつ受け入れて、今、恋しい気持ちと共に生きておられます。
大切な人、大切なもの、大切な日常だったのだから
その想いが心に残るのは、あたりまえなんです。
これから、状況や状態、経験などによって、その想いは様々形を変えてくるでしょう。
その時々も、ご自身の大切な一部として慈しみ、失った人、もの、想い に語り掛けてみてくださいね。